スバル360
ひと昔前ならSFにすぎなかった自動運転車の実用化がそろそろ現実味をおびてきた。
現代のクルマは、ろくなトレーニングも受けていない運転者が、原始的な操舵用ホイールと足踏みペダルを曲芸的に操作して、内燃機関の出力と車輌の進行方向を微調整しつつ、ときには路上の歩行者スレスレを走らせるという狂気のマシーンだ。
こんな恐ろしいシステムで、ときには時速100㎞ものスピードを出して運行しているのだから、事故が起きないほうが奇跡。現状は危険きわまりないので、さっさとすべてのクルマを自動運転にすべきだろう。

1958年、自動車産業黎明期の我が国に、一台の先進的なクルマが誕生した。
高度な電子制御はもちろん、エアコンもパワーウインドウも、それどころかシートベルトすらついていないお粗末きわまりない小型車だ。
にもかかわらず、スバル360、通称テントウムシと呼ばれるこの車は日本人の生活に大革命をもたらした。平均的な会社員がオーナードライバーとなり、週末に(といっても、当時は土曜は休みじゃなかったけど)家族でドライブに出かけるという、夢のような新時代のライフスタイルを切り拓いたのだ。
ギリギリまでボディを小さく軽くしつつも強度を保ち、しかも大人4人が乗れるキャビンを確保しようとした苦心のデザインは、今なお独特の美しさと新鮮な輝きを放っている。
しかし実際に乗ってみると、このクルマが放っているのは無作法な騒音と煙たい2ストロークオイルのにおいだ。悲しくなるほどパワーがなく、ローギアで踏みっぱの全開にしないとちょっとした坂道すら上がれない。ブレーキを踏んでも、むしろ逆に加速してるんじゃないかと錯覚するほど止まらない。
たまたまこの試乗直後に現代の軽自動車に乗ったが、両車の性能のあまりの違いに、いったいこれが同じ乗り物なのかと愕然とさせられた。

が、それでももしかしたら、ある種のクルマはべつにコレでいいんじゃないかとも思う。
まあまあ走るし、まあまあ止まり、ふつうに曲がり、荷物と人が運べる。エアコンはないが、三角窓やボンネットのベンチレーターを開ければぬるま風くらいは浴びられ、死ぬほどつらいわけでもない。
スバル360以降、約60年のクルマの歴史と進歩に思いをめぐらせる有意義なショートドライブになるハズだった。なのに室内がモクモク煙たすぎてろくに頭が回らず、たいした感想がもてなかったのが残念だ。


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